社会福祉士国家試験「今年こそは絶対合格計画」

第24回社会福祉士国家試験は約35日間、第17回精神保健福祉士試験は約20日間で一発合格を果たしました。今年で7年目の絶対合格ブログは、過去問先行型学習法をベースにしています。仕事と家庭の両立に苦戦されている社会人や、就活と卒論の両立で余裕がない学生が最短ルートで効率よく合格をつかみ取るための必勝法を伝授します。 マークミスの不安、孤独な勉強の不安等、不安を不っ飛ばして“安心”に変えられるブログを目指しています。

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第24回社会福祉士国家試験は約35日間、第17回精神保健福祉士試験は約20日間で一発合格を果たしました。

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社会福祉士としての社会正義と自己正義が乖離する怖さについて。


 

正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

 

上記の言葉は、「アンパンマン」で有名なやなせたかし氏が生前に残された「絶対的な正義」についてのメッセージです。

 

(011)わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)
 

 

困っている人、飢えている人に食べ物を差し出すという行為は国や立場が異なっても、普遍的な正義であるというやなせさんの言葉はアンパンマンというコンテンツからも理解できるものです。

 

こと社会福祉士の倫理綱領においても「社会正義」の原則がソーシャルワークの拠り所であることが明示されていますね。

 

-価値と原則-


Ⅱ (社会正義) 
 社会福祉士は,差別,貧困,抑圧,排除,暴力,環境破壊などの無い,自由,平等,共生に基づく社会正義の実現を目指す。

 

http://www.smile-cosmos.co.jp/rinri.html

 

 

今回「正義」をテーマに掲げたのは、これから社会福祉士を目指す人も、現に社会福祉士として第一線で活躍されている方にも、正義について再認識する機会になればという思いからです。

 

社会福祉士の倫理綱領に掲げられている社会正義と、自分自身が信じる正義、追求し続けている正義を常に意識されている方もおられることだと思います。

 

支援を行う側という立場は、支援を受ける側の人生を左右するような場面で、権限を行使する場面や、多角的な助言やアセスメントを展開することで受け手の心と生活に影響を与えることがしばしば訪れます。

 

クライエントの人生に影響を及ぼし得るという点からも、自分が行う(行おうとしている)支援について、社会福祉士としての正義、個人として信念として掲げている正義とで乖離していないかどうか、倫理基準を常に意識していく必要性が出てきます。

 

 

私がこの記事を用いることになったきっかけは、とある有名な社会福祉士であり社会活動家の活動や言動が原点でした(個人攻撃と受け取られる可能性もあるので、個人名は伏せますが、これまで記事にしたこともあるので分かる方は分かると思います)。

 

その方はSNSを中心に特定業界の廃止を唱え続けたり、過ちを冒した著名人を淘汰するような過激な発言を繰り返すなどしていますが、私から見て自身の正義を貫き続けることで、自分の言動からどれだけ多くの受け手を傷つけていることや、怒りや失望を与えているかについて無頓着になっているように感じられずにはいられませんでした。

 

発言を繰り返せば繰り返すほど社会福祉士としての正義の中にある「差別,貧困,抑圧,排除,暴力,環境破壊などの無い,自由,平等,共生に基づく社会正義の実現を目指す」とは逸脱して行き、共生社会ではなくて、正義に従わない者は排他されるべきであるという強固な姿勢が浮き彫りになって行きました。

 

謝罪や是正を求める声や、論理的な意見、質問に対しては答えずに、自分にとって有利な情報や賛同者のみ誇示するという確証的バイアスに基づくような態度を貫いています。

 

直接的に攻撃を被った当事者団体は、事態を重く捉えて、日本社会福祉士会等に抗議文と嘆願書を提出されましたが、今現在是正指導を行われた様子もなく、当の本人も謝罪も弁明もせずに、返って自分の正義を曲げないことを表明していました。

 

社会福祉士に対して不信感や失望感を持つ方の声もこだまするようになり、私も見ていて哀しく感じていました。

 

これは想像の世界ですが、もしかしたら本人は内心「このままでは行けない」と主張を改善するべき認知をしているかもしれませんが、正義にこだわりすぎていることで、引くに引けない状態に立たされているのかもしれません。

 

このような社会福祉士の言動を受けて今回の記事を作成したわけですが、これは他人事ではなくて、対人援助職に関わる立場にとっても、正義とは何かについては考え続ける課題であるということです。

 

自分の正義を通すために、犠牲や破壊を生じさせても良いのか、社会福祉士の社会正義と照らし合わせればおのずと答えは出ますし、難しいことを考えずに、「人としてやっていいこと、悪いこと」という学生時代に習った善悪の区別を正しく取捨選択することが何より大事になってくると思います。

 

権力や権限を持つこと、「先生」や「支援者」と呼ばれる立場に置かれることで、それ以前に兼ね備えていた倫理観や道徳心を見失うようになることは珍しくありません。

 

研修、スーパービジョンやピアカウンセリングを定期的に受けて、自己正義が独りよがりなのか、社会正義に照らし合わせられるのかを検証することが大切です。

 

情けは人のためならずという言葉がありますが、言葉というものは刃にもなり、レールを外れて暴走することで多数を傷つけるだけではなくて、そのしっぺ返しが自分にも戻ってくるものです。

 

私も社会福祉に携わる身なので、自分のこととして戒めて行きたいと思います。