社会福祉士国家試験「今年こそは絶対合格計画」

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正論で立ち向かうほど自分らしさを失って無気力化した私の話。

 

8月から9月にかけて、東京都の外国人関連政策及び、JICAによるアフリカ諸国のホームタウン認定事業でについて、各地でデモが複数回行われました。テレビ番組ではその様子が放送されていませんが、私はYOUTUBEで現場の様子を拝見していました。

 

この抗議に対して、移民受け入れを進めようとしている」などの誤った情報がSNS上で拡散されているとされ、より不信感を募らせるような展開となっていますが、このような対応は他人事ではないと感じています。

 

 

今回は、職場生活の中で私自身が悪戦苦闘した出来事として、権力者相手に向き合い続けた一つエピソードを紹介したいと思います(デモとは異なり、労働組合もなく、単独の話になります)。

 

ボカしながら綴っておりますが、頑張れば頑張るほど自分らしさを見失っていった過程を凝縮して語っています。

 

 

きっかけは、私が管理職だったある職場で、職員体制について、職員人数をより減らすという方向性に舵を切られそうな出来事でした。

 

ただでさえ、少ない人数で回している中、人件費削減を根拠に、他部署との兼ね合いから削られるような空気感が漂っています。

 

しかしながら私から見ても理由が合理的に感じられずに、現場にそぐわずに「感覚的」に判断されていると受け取りました。

 

引き合いに出されている他部署も、予算の使い方がどうにも理解しがたい面を見ていたのもあり。

 

この「なんとなく」とか、「上の判断だから」という現場特有の空気感ほど厄介で対処が難しいものはありません。

 

それまでも何度も現場の大変さを具体的に示してきましたが、今回は真逆の眼差しを注がれて、意気阻喪しました。

 

けれどもそこでめげていたら現場の歯車が狂うリスクがあったので、口頭ではなくて、文章にまとめて、職員体制を削られることのリスクと提案をまとめました。

 

 

結果的にはそれら全ては徒労に終わりました。

 

上層部からの判断は、「予算が限られているからそうするしかない」の一点張りで、聞く耳をもたずでした。

 

直属の上司に訴えたところで、「今から考えすぎだし、なるようになる」といった反応で、まるで自分が細かいことを気にしすぎているというような切り返しでした。

 

そこで曲げても苦労が目に見えていたため、それでも年度末まで様々な角度から幾度となく訴え続けましたが、上司の反応はたいてい、

 

上層部の考えはもう変わらないから、納得できないならば、早めにこの職場を辞めた方がいいよ

 

と言ったどうしようもないリアクションでした。

 

何を訴えても他人は変えられないから、変わるのは自分次第。

言っていることは頭ではわかる部分があるのですが、心がついていけませんでした。

 

私としては魂の叫びを全然受け止めてもらえておらずに、話を聴いてもらえていなかった虚無感がしんどかったのです。

 

それどころか気にしすぎている自分がおかしい人間であるというような言葉がけを幾度となくかけられていたため、日に日に自己効力感を低下していったのです。

 

 

 

藁人形論法という、相手の意見を意図的に歪め、本来の主張とは異なる「藁人形(ストローマン)」を作り出し、その架空の意見に反論することで、相手の意見全体を論破したかのように見せかける論理的な誤り(詭弁)を味わっているような気分でした。

 

当時の自分は主張するほど刃を食らわせられるようなダメージを受けており、正論で立ち向かうほど暖簾に腕押しでどうにも立ち回らないという感覚に陥っていました。

 

上層部の人間からは、都合の悪い面(指摘されたこと)には蓋をして、ついていけない人間のほうがどうかしていると突きつけられているようで、孤軍奮闘の虚無感に覆われていました。

 

こうなると、お互いの主張が乖離しているため、頑張れば頑張るほど空回りし、当事者が疲弊するのみで一理もありません。

 

妥協して続けるか、その世界から去るかの二択を迫られることとなります。

 

この経験から感じたのは、海千山千の権力者達を相手に真っ向勝負をしかけても、あまりに勝ち目は低いということでした。

 

論点をずらされて、「他の部署だって厳しいのだから妥協せよ」とばかりに情に訴えかけられて、こちらが退散せざるを得ないような言動を浴びせられるのです。

 

私は独断だけではなくて、現場職員の意見や知恵を借りて提案し続けていましたが、最終的に長いものには巻かれないとついていけない現実が待っていたのです。

 

私の場合は、「巻かれずに逃げるが勝ち」という判断を選ぶこととなりましたが、それ以上闘い続けても、自分が自分でなくなる未来しか描けなくなっていたのです。

 

離れてみても、あそこであれ以上自分を殺して頑張り続けても、暗澹たる未来しか待っていたなかったと思えます。

 

 

この体験談がみなさんが今置かれている職場環境において、何らかの参考になるかはわかりませんが、限界を迎えられる前に自分だけで抱え込まずに、楽になれますように願って止みません。