対人援助の現場で最もエネルギーを削られるのは、実はクライエントとの関係ではなく、「絶対に非を認めない同僚や上司、関係機関」との摩擦だったりしますよね。
その頑なな態度に触れ続けると、自分の感覚の方がおかしいのではないかと錯覚し、じわじわと心が摩痺していく……。
今回は、読者の皆さんが「自分を保つための防衛策」として持ち帰れるよう実体験からまとめました。
- 「非を認めない大人」に心を侵食されないために――対人援助職の生存戦略
- 4.なぜ対人援助職に「正義マン」が生まれるのか?
- 現場での「正義マン」の振る舞い
- 結論としての「正義マン」対策
- 結びに:咲く場所は、あなた様が選んでいい
「非を認めない大人」に心を侵食されないために――対人援助職の生存戦略
対人援助の現場を歩んでいると、時として「絶対に自分の非を認めない大人」に遭遇することがあります。
自分の視点や判断こそが唯一の正解であり、それを周囲に強硬に押し通そうとする。
過ちを指摘しても、聞く耳を持たず、自身の主義思想の殻に閉じこもる。
こうした人間が作り出す「歪んだ空気感」の中に長く身を置くと、真面目な人ほど心身に異変が生じ始めます。
1. 「自分の感覚がズレている」という錯覚の正体
そのような人間と一緒に仕事をしていると、次第に「自分の価値観や考え方の方が、世の中の常識からズレているのではないか」という強い不安に襲われることがあります。
ある時、勇気を出して「おかしい」と違和感を伝えても、暖簾に腕押し。又は、反論カウンターを喰らってしまう。
こちらの正義をぶつけるほどに心労だけが募っていく。
かつて「置かれた場所で咲きなさい」という言葉が流行りましたが、土壌そのものが毒されている場所で無理に自分らしさを咲かせようとするのは、あまりにも酷な話です。
2. 「真正面から戦わない」という賢い選択
そのような人間と真っ向から反論しようとすると、高確率で返り討ちになります。
そして、自分の居場所を失うリスクが伴います。
そこで私がこれまで試みてきた打開策は、大きく分けて二つです。
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物理的な距離を置く(転機): 異動や退職によって、その環境そのものから離れる。
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心理的な距離を置く(スタンス): のらりくらりと正面衝突を避け、表面上は同調しているように見せつつ、実際の行動は「自分の信念」に基づいて最善を尽くす。
前者は環境を変える勇気、後者はその環境下で自分を失わないための「したたかな適応」です。
「おかしい」という違和感は、自分を守るための大切なセンサーです。
これまでを振り返ると、その違和感が拭えないまま時間が過ぎた後、必ずと言っていいほど大きなアクシデントが起き、結果的に「自分の感覚が正しかった」と答え合わせになるパターンがほとんどでした。
3. 「自分だけではない」という証明を探す
もし、あなた様と同じように違和感を抱いている同僚やクライエントがいるなら、それはあなた様が「正常」である何よりの証明です。
自身の非を認めない人は、いつか取り返しがつかない不利益を被って自ら内省するか、あるいはそのままのスタイルを貫き通すか。
どちらにせよ、他人である私たちが彼らを変えることは、至難の業なのです。
4.なぜ対人援助職に「正義マン」が生まれるのか?
1. 不確実性への恐怖と「正解」への執着
対人援助の現場には、100%の正解がありません。
グレーゾーンの中で、悩み、仲間の意見をすり合わせながら判断を下す必要があります。この「不確実性(答えがない状態)」に耐えられない人は、ルール、法律、倫理綱領といった「絶対的な正論」を盾にします。
長年の経験から醸成された常識から動いている人間もいるので、そういう方が上司だったりすると、社会福祉士や精神保健福祉士国家試験で培った倫理観が通用せずに、悪戦苦闘する場合もあります。
「正論を振りかざしている間だけは、自分が間違っていないと確信できる」 という、一種の不安解消行動(防衛本能)なのです。
2. 「メサイアコンプレックス」の変質
「人を救いたい、変えたい」という強い意欲(メサイアコンプレックス)が、現実の壁にぶつかって歪んでしまった形です。 「これだけ尽くしているのに、なぜ相手(利用者や部下)は変わらないのか?」というフラストレーションが、「変わらない相手が悪い、正しくない」という裁きの感情(正義感)にすり替わってしまいます。
3. 「専門家」という特権意識の罠
社会福祉士などの国家資格を持つことで、「自分は正しい知識を持っているエキスパートだ」という自負が強まりすぎることがあります。
これが悪い方向に働くと、相手の文脈(ナラティブ)を聴くことよりも、「専門家としての正しい見解」を叩き込むことが仕事だと勘違いしてしまう「パターナリズム(父権的干渉)」に陥ります。
4. 組織の「防衛的実務」のしわ寄せ
人手不足やリスク管理が過剰な職場では、「事故を起こさないこと」「責任を問われないこと」が最優先されます。
すると、「ルールを守ること自体が目的」になり、そこから逸脱する人間(柔軟な対応を求める人)を「正義の名の下に」排除しようとする空気が醸成されます。
彼らにとって、正論は自分を守るための最強の「鎧」なのです。
5. 共感疲労による「冷笑的正義」
長年の感情労働で心がすり減り、相手の痛みに共感できなくなった(バーンアウトした)結果、人間を「ケース」や「数字」としてしか見られなくなることがあります。
感情を切り離し、理論武装して相手を論破することで、自分の心の平穏(麻痺)を保とうとする現象です。
現場での「正義マン」の振る舞い
彼らの特徴は、「言葉自体は正しいことがあるが、相手を動かすための『温度』が欠けている」点にあります。
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論理的な正しさで相手を追い詰める(相手が反論できない状態を作る)
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「あなたのためを思って言っている」という免罪符を使う
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例外や個別性を認めず、一律の基準で裁く
結論としての「正義マン」対策
彼らは、実は「自分もまた、何かに怯えている存在である」ことが考えられます(表に出さない人間もいますが)。
「正論を言わないと自分が崩れてしまう」という弱さを隠すために、攻撃的な正義を振りかざしている……そう考えると、少しだけ見え方が変わるかもしれません。
もちろん、彼らに付き合ってこちらが壊れる必要はありません。
「ああ、この人は今、正論という鎧を着ないと立っていられないほど不安なんだな」と一歩引いて観察する(メタ認知する)ことが、心を侵食されないための第一歩になるはずです。
5. あなた様の「専門性」を錨(いかり)にして
歪んだ環境に心を侵食され、自分らしさを見失わないために必要なのは、以下の3点です。
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「逃げる・離れる」を恥と思わないこと
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第三者(職場外の専門家など)に客観的な意見を求めること
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最新の業界知識や倫理観を学び続け、視点をアップデートすること
学び続けることは、単なるスキルアップではありません。
「今の職場のルールが世界のすべてではない」という客観的な視点を保ち、自分自身のアイデンティティを繋ぎ止めるための「錨(いかり)」になるのです。
結びに:咲く場所は、あなた様が選んでいい
どんなに強硬な態度で正義を振りかざす人がいても、あなた様の価値や感性までを支配させる必要はありません。
「おかしい」と感じるその感性こそが、実は利用者様の小さな変化に気づくための、あなたの大切な専門的直感であることも多いのです。
心身が悲鳴を上げる前に、重い鎧を脱ぎ、信頼できる場所でその声を吐き出してください。
あなた様があなたらしく笑って支援の現場に立てる場所は、今の場所以外にも必ず存在します。