社会福祉士国家試験「今年こそは絶対合格計画」

今年で15年目の絶対合格ブログ(530万PV)。社会福祉士歴12年の現場経験をもとに、不安を不っ飛ばして“安心”に転換します。

対人援助職・資格・福祉キャリア相談受付中

【幽遊白書に学ぶ】対人援助職で「巨大な力」を振るう者の矜持。

 

「人は自分の気分次第で壊せるものをそれぞれ持ってる。 おもちゃだったり、ペットだったり、恋人だったり、家庭だったり、国だったりする。 お前はそれが人よりデカい。それだけだ」


この言葉は、漫画『幽遊白書』の師匠・玄海が、力をつけた弟子・浦飯幽助に放った言葉です。

 

人生の先達として、そして「力を持つ者」としての責任を説くこのフレーズは、実は福祉・心理・教育に携わる我々にとっても、震えるほど重い意味を持ちます。

 

1. 私たちの「タクト」が他人の人生を左右する


「人は自分の気分次第で壊せるものを持っている」

対人援助職という仕事は、他者の人生や心の中に、深く踏み込むことを許された仕事です。

私たちがどのような言葉を選び、どのような支援策を打つか。

その「タクト」の振り方一つで、相手を絶望の淵に追い込むことも、幸せへの架け橋を紡ぐこともできてしまいます。

この仕事のやりがいは、そのまま「他者の人生を左右させてしまう」という恐怖と隣り合わせです。

そのプレッシャーを忘れたとき、専門職は慢心という名の「暴力」を振るい始めます。


2. 「ベテランの勘」という名の危うさ


現場で私が最も「怖い」と感じる瞬間の一つは、キャリアの長い人間の言動がそのまま「正解(模範)」とされ、支援の基準になってしまう現象です。

長年の経験や勘が役立つことは否定しません。

しかし、一人の人間の見立てが絶対であるはずがないのです。

人の心や人生は、教科書通りにカテゴライズできるほど単純ではありません。

一部の人間の判断や勢いだけで支援が進められると、一見うまくいっているようでも、どこかで歪みが生じます。

  • 「与えすぎ」による依存関係の構築

  • 「特別扱い」による自立の阻害


これらは、支援者が組織を去った後、要支援者の人生に深刻なしわ寄せとして残ります。

支援者は異動や退職でいなくなりますが、要支援者の人生はその先もずっと続いていくのです。


3. 「専門職」という名の特権意識を捨てる


社会福祉士や精神保健福祉士という国家資格を持ち、専門的なポジションに就くことで、知らず知らずのうちに「自分は他者とは違う」という有能感に浸ってしまうリスクがあります。

これは支援対象者に対してだけでなく、職場の同僚に対しても同じです。

「上から目線」や、相手を軽んじる態度は、言葉に出さずとも相手の心の底に澱(おり)のように溜まっていきます。

それはいつか、仕事のやりづらさや、立場が逆転した際のしっぺ返しとなって自分に返ってきます。

私たちはあくまで「役割」としてそこにいるのであって、自分自身が特別な力を備えた存在になったわけではありません。

自制心と客観性を失った専門家は、ただの「声の大きい独裁者」になりかねないのです。

4. 学び続けることは、自分の「暴走」を止めること


では、何が正しいかを判断するための基準を、私たちはどこに求めればよいのでしょうか。 私は、その答えは「学び」にあると考えています。

資格試験への挑戦、研修への参加、そしてそこで出会う仲間との意見交換。

スーパービジョンや教育分析を通して、自分を「外側」から眺める努力。

「自分たちの置かれている環境が、世界のすべてではない」と肌で感じることが、何よりの解毒剤になります。

私が今でも新しい資格や学びに挑戦し続けているのは、視野が狭くなるのを防ぎ、自分をアップデートし続けるためです。


  • 自分の「常識」が、業界の、そして社会の常識とズレていないか。

  • 自分の支援が「独りよがりな暴走」になっていないか。


学びは、その違和感を言語化し、点検するための大切な「錨(いかり)」なのです。


結びに:壊したくなる前に、帰る場所を


冒頭の玄海の名言には、続きがあります。

「壊したくなったら、その前にここに来な。まずあたしの命をくれてやる」


時には自分を厳しくいさめ、間違いを指摘してくれる存在が周りにいるでしょうか。

異なった意見をぶつけ合える職場環境を築けているでしょうか。

支援は、一人の力では成り立ちません。

自分の正義が「独善」になっていないか。

社会の常識と乖離していないか。


常に自問自答しながら、「巨大な力」を預かっている者としての謙虚さを、共に持ち続けていきましょう。