大卒後遠回りをして福祉業界に転職をしたある青年の話
大卒だって無職になる "はたらく"につまずく若者たち
認定特定非営利活動法人育て上げネット理事長の工藤啓さんの著作です。
10代後半から30代までで、何らかの理由で無業状態である若者の就労支援に尽力しています。
在学中や新卒入社後に人間関係につまづいてしまって、社会のレールから外れてしまった人間は、やる気のなさが問題ではないことを指摘しています。
本書では、実際に働くにつまずいてしまった数人の男女のエピソードと、その後社会につながるまでの経緯が書かれています。
大卒、大学院卒という学歴があっても、何らかのきっかけで社会から疎外されてしまう今日の社会は決して他人事ではないことを学ばせられます。
さて、これからお話するのは、私が28歳の時に、中学時代の同級生に2年ぶりに再会した時のエピソードです。
そんな彼の表情は、久しぶりに会うとはいえ、とても憔悴しきっているように見えました。
彼は前職が経営の悪化によって倒産したことから、新たに福祉の世界に身を投じたようでした。
新入社員としての生活が始まってから、一ヶ月が経って、まだ右も左もわからない新生活に悪戦苦闘しているからだろうと推測を立てていましたが、彼の口から出た要因は、違うところにありました。
俺、新人イジメに遭っているみたい。
出だしの一言は、寝耳に水でしたが、彼の突然の告白に耳を傾けてみると、事の詳細が伝わってきました。
彼はとある老人福祉施設で介護職員として、勤務をしているとのことでした。
新人かつ男性は彼だけで、職員はその道何十年のベテラン女性職員のみとのことでした。
彼はそれまで男社会かつ福祉とは無関係の世界のみで生きてきたので、女性中心の職場や福祉業界ははじめてとのことでした。
具体的な内容は、割愛しますが、彼は入社一ヶ月あまりで、陰湿な世界の実態をとくと体験することになり、すっかり自分らしさを見失いつつあるとのことでした。
福祉系の資格は職業訓練校で取得した福祉住環境コーディネーター3級のみで、実務経験がないことからもすっかり見下されていたとのことでした。
一日が終わって、施設から下界に出られた暁には、決まって、
「今日も無事に生還できて、本当によかった」
と、心の底から開放感を覚えていたそうです。
しかしながら、帰宅後もストレスを引きずっているようで、食事もろくに喉を通らず、睡眠にも支障が生じているようでした。
次に彼が強調していたのは、給料の低さでした。
彼は独身でしたが、正社員で今の額では、とてもじゃないけれど、結婚なんてできないと嘆いていました。
彼はアルバイトも視野にいれているようで、苦境に立たされている様子がひしひしと伝わってきました。
おそらく、金銭面だけの理由でアルバイトを探しているのではなく、今自分が置かれている環境以外の世界にも目を向けたいという強い欲求を感じさせられました。
彼は最後に、
「また明日も朝からあの世界に身を投じなきゃいけないんだよな。
そのうちPTSDになるかもしれない。
でも、今日会えて本当に良かったよ。生きている心地がしたから」
と、しぼりだすような声をこぼしながら、夜道に姿を消していきました。
彼の様子からしても、その職場には、そう長くは留まっていられないように感じられました。
そんな中、彼の話を聴いて、わずかながら希望も聴かせてもらいました。
彼のストレングスは、学生時代から向上心が強く、いつも理想の自分を描いていることです。
将来、社会福祉士か宅建を取得して専門職として自立したいと、一縷の望みを口にしてくれました。
あれから3年の月日が流れ、彼は今、福祉の世界から身を引いて、食品店でのアルバイトで週5勤務を続けながら生活をしています。
体調は劇的に良くなったようで、会う度に元気になっています。
いつかは社会福祉士の資格を取って、お年寄りのサポートをしたいという思いに変わりはないようです。
真面目な人が損をするような福祉の世界であってはなりませんが、彼が捲土重来をして、資格を取得した暁には、自信を持って第一線で働けるように私も願っています。