私が福祉・教育業界に身を投じてから20年弱が経ちました。
この間私も退職と転職を経験していますが、同じ職場や他部署で退職する人間を何人も見てきました。
一番脳裏に残っているのは、他業界からやってきて、退職していった同僚達が残した、去り際の言葉です。
「自分の力不足でした」
自分が力量がなかったからこの業界に適応できずに、去らざるを得なかった。
こんな自分が役に立てなくて申し訳ないとばかりに、自分を責めて退職される心優しい元同僚が何名もいました。
私はその方々がいかに真面目で、当初はやる気に満ちていて仕事をしていたかを見ていたので、意気阻喪して退いて行かれる結末を迎えて、なんとも言い難い複雑な気持ちが交錯していますし、今でもしこりのように残っています。
誰しも向き不向きというのはありますが、不適合だったとは思えませんでした。
私から見て、社会福祉士や精神保健福祉士有資格者でなくとも、彼ら彼女らの働きぶりは決して欠落があったように感じませんですし、むしろそのお優しさから弱い私を何度も支えていただきました。
人のご縁というのは不思議なもので、それから数年後、同業界の別会社に転職し、またやり取りをすることができた元同僚もいました。
それから社会福祉士の資格を取得して、いきいきと第一線で活躍されている姿を知れて、私自身も救われるような思いになれました。
退職してからも人生は続きますし、つまずき体験のように思えても、そこから新しい人生を構築することができるのだと教えていただけました。
だから、もしも理由があって置かれている場所から離れることになっても、決して自分に非があって、役に立たないわけではないということです。
元同僚が真摯になって寄り添った中学生はずっと不登校で引きこもり、人間不信の状態でした。
ですが、今は大学に進み、夢の実現に向けて努力を重ねています。
丁寧に関わっていた元同僚のおかげで、誰かを信じてみよう、自分を信じてみようという気持ちになれたそうです。
教育、福祉の現場は、その影響がすぐには見えず、数年後、数十年後になってみて開眼するということも往々にして生じます。
無力のように感じても、結果が見えなくても、誰かの心に残り、その優しさが誰かの新しい進路につながっているのです。