発達障がいと診断されて、生きるのが楽になりました。
そう語るのは、当時弁護士を目指して法律の猛勉強に取り組んでいた22歳の若者です。
彼は私が主催したオフ会に参加してくれた大学生で、卒業後はロースクールへの進学が決まっていました。
彼はオフの中で、成人になってから注意欠陥多動性障がい(ADHD)と診断されてから、これまでずっと抱えていた違和感の正体がはっきりして、生きるのがとても楽になったと口にしていました。
彼は幼少時代から、「周りと比べて自分は何かがおかしい」と感じている場面が多々あったようです。
一例を上げると、箸を上手く使いこなすことが出来ない。それが二十歳を超えてからもずっと続いていると説明していました。
得意なものはとことん追求するものの、興味を持てないものは全く手をつけられないという特徴からも、法律が彼にとっては上手くマッチングしたようです。
自分は何者なのかという思いから自分探しのために受診して、ADHDが発覚したようです。
その事実を彼は悲観的に捉えることはなく、自分の個性として受け止めることが出来たようです。
彼のように、世の中には障がいを自分の個性として、才能を発揮している人間がいるものです。
2015年5月、NHKの情報番組「あさイチ」モデル兼俳優である栗原類さんもが自身が注意欠陥障がい(ADD)を抱えていることを告白しました。
栗原さんは、8歳の頃に周囲の人間から指摘されて診断を受けたようで、
「早期に診断・治療したことで、自分の弱点や、できること・できないことがわかりやすくなった」
と、前向きに受け止めていました。
ご自身のブログでは、この告白によって伝えたいことが伝えられて温かい反応ももらえてよかったと振り返っています。
そして、今後の抱負と今回の告白を聴いたみなさんにこう語りかけています。
僕の行動に関して今まで面白いとバラエティで笑ってくれた方々、
僕が発達障害者だと知ったから”笑っちゃいけない”とは思わないでください。
僕が発達障害者であっても、そうでなくても僕は僕だし
僕の個性が人を笑わせられるほど面白いのであれば
それはコメディ俳優を目指している僕にとっては本望です。
栗原さんが発達障がいに気づいたきっかけは、18歳の時に観た映画『ファインディング・ニモ』のドリーだったようです。
《何でもすぐに忘れてしまう魚が出てくるので、「おもしろいね。何でも忘れちゃうんだね」と言ったら、母から「実は類もそうなんだよ」と。発達障害には、長期記憶があまり得意じゃない人もいるらしく、それで初めて自分が発達障害だと知りました》(朝日新聞7月16日付朝刊)
そして、2016年10月6日に、栗原さんが発達障がいだった自分がいかに世界と向き合ったかを綴った自伝本が発売されました。
自分の言葉で刻みたいという思いから、自分の項は全て自分で書き下ろしたとのことです。
栗原さんの実体験の他にも、母、主治医、友人のインタビューも掲載されており、社会全体として障がいを見つめなおすきっかけにもなっています。
栗原さんのように、生まれつきのハンディや挫折にめげずに自己実現を果たす人間が包み隠さず実体験を社会に発信されることで、理解度が高まり、同じ境遇の方にとっても支えになることでしょう。