合格発表が終わり、続々と合格通知が届いている中、ブログも来年度受験に向けて少しずつ面舵を切り替えて行こうと思っています。
ただ、まだまだ受験日までは時間があるので、本格的な受験対策ではなくて精神・社会福祉士試験の関連情報を中心に紹介して行きます。
まずは、そもそも私が資格試験を取得するようになったルーツを数回にわたって紹介します。
周囲の人間と比較しては出来ない自分を卑下しているような人間でした。
今回は学習成績面にスポットを当てて、赤裸々な実体験を遡っていきます。
◆ 中学校時代
通知表は年間通してオール3(5段階中)に近いごくごく平凡な児童でした。
その数字だけを見ると、「普通」に思えるかもしれませんが、厳密には平均以下の成績でした。
1教科だけに注目すれば、大苦手の数学は2を取っていた時期もありました。
「同級生が行っているから」という、やらされている感を抱えながら通っていた学習塾でも散々なレベルでした。
授業にもついて行けないことがあって、同級生の中でも成績は最下位でした。
英語のテストで3点(しかも、択一問題で運よく正解)を叩き出した挙句には、先生からも呆れられて見放されていました。
勉強はつまらない、けれどもどんどん難しくなっていって、周りからはどんどん距離が開いていく。
その焦燥感と劣等感で心には深い闇が広がっていきました。
私は小学時代から、勉強が嫌いで嫌いで仕方がありませんでした。
学校から課せられている学問の何が楽しいのか一切分からずに生活していました。
何のために受験を目指すのか、高校進学のためとはわかってはいますが、受験というシステムそのものに納得がいかない私は社会に抗うかのように勉強に拒否反応を示し続けていました。
早く中学を卒業したい。
高校は偏差値が平均以上であれば、こだわりはない。
わざわざ受験勉強などで嫌な思いをせずに、楽に受かれるところで良いという完全に勉強から逃避していた生き方を貫いていました。
そんな訳ですから、成績が上がるはずがありませんでした。
先述した通り、大の苦手の数学のテストでは、5点や15点といった結果が当たり前でした。
「証明」という分野の授業では、「こんなものを覚えて社会の何の役に立つのか」という疑念が知的好奇心を抑制して、ますます勉強そのもの自体を厭うようになりました。
教科書を開くこと自体が嫌で、楽して乗り越えられる方法ばかり模索していました。
三度の飯よりゲームが好きで、暇さえあればゲームに熱中していました。
そんな勉強嫌いな私も、いっちょ前にプライドだけは高く、秀才組の友人に囲まれていた中で、常に学力コンプレックスを抱えていました。
私は勉強が嫌いなわりには、プライドだけは高くて、私よりも成績が高い同級生を脇目に、「自分だって、やればできるはずなんだ」と、心の中で劣等感を抱えつつも、来るべき時に向けて闘志を常に燃やしていました。
当時の心境は、
「俺はまだ本気を出していないだけ」でした。
そんな私が一度だけ本気でテストに取り組んだことがありました。
中学最高の成績は2年の春でした。
親が「中間テストで、学年50位以内になれたら、NIKEのエアマックスを買ってあげる」という最高級の人参をぶらさげました。
喉から手が出るほど欲しかった自分は、人生初の猛勉強をした結果、140人中32位に入ることができました。
モチベーションの大きさを身を持って体感した出来事でした。
これが最初で最後の好成績でした。
その1年後に自分の無力さを痛感する局面が訪れました。
中3になって初めて受けた検定試験でもある漢検3級試験です。
6人くらいの秀才組の同級生が同時受験した中で、自分だけが唯一の不合格者になったのです。
実は唯一誰にも負けないと自負していた科目、小学校時代に結果が出ていたのは、漢字テストでした(学年1位でした)。
なぜだかわからないけれども、漢字だけは自発的に取り組めたのです。
中学校に進学した後も、初めての国語の授業で自己紹介をした時に、教師から、「漢字博士なんだよね」と、ビックリさせられる言葉をかけられました。
恐らく、小学校当時の功績が担任から引き継がれていたのでしょう。
背景から聴こえる「すごい!漢字博士なんだ」というクラスメイトの声から、恍惚を覚えました。
瞬く間に同級生の間で、「あいつは漢字がすごい出来るらしいぞ」という評判が広がりました。
しかしながら、井の中の蛙は、間もなくして初めての挫折を味わうことになります。
私は、漢検の事前勉強は一切せずに臨みました。
かつての「漢字博士」の栄光が残っていたため、無勉でも十分に受かる自信がありました。
しかしながら、その結果は、衝撃的なものでした。
200点中100点あまりという散々な成績でした。
漢検は単なる読み書き問題だけではなく、正誤書き換え、四字熟語や対義語類義語など、総合分野から出題されるため、漢検問題集を使わずに受けたところで、太刀打ちできませんでした。
かつての栄光である漢字博士の称号によって、漢字能力だけでプライドを保ってきたわけですが、すっかり有名無実になってしまいました。
まさに「アリとキリギリス」を実体験で痛感したような気分でした。
それ以来、打って変わって、漢字に対して逃げ腰になってしまいました。
これによって、ますます勉強に自信を失って行きました。
続く
1教科だけに注目すれば、大苦手の数学は2を取っていた時期もありました。
「同級生が行っているから」という、やらされている感を抱えながら通っていた学習塾でも散々なレベルでした。
授業にもついて行けないことがあって、同級生の中でも成績は最下位でした。
英語のテストで3点(しかも、択一問題で運よく正解)を叩き出した挙句には、先生からも呆れられて見放されていました。
勉強はつまらない、けれどもどんどん難しくなっていって、周りからはどんどん距離が開いていく。
その焦燥感と劣等感で心には深い闇が広がっていきました。
私は小学時代から、勉強が嫌いで嫌いで仕方がありませんでした。
学校から課せられている学問の何が楽しいのか一切分からずに生活していました。
何のために受験を目指すのか、高校進学のためとはわかってはいますが、受験というシステムそのものに納得がいかない私は社会に抗うかのように勉強に拒否反応を示し続けていました。
早く中学を卒業したい。
高校は偏差値が平均以上であれば、こだわりはない。
わざわざ受験勉強などで嫌な思いをせずに、楽に受かれるところで良いという完全に勉強から逃避していた生き方を貫いていました。
そんな訳ですから、成績が上がるはずがありませんでした。
先述した通り、大の苦手の数学のテストでは、5点や15点といった結果が当たり前でした。
「証明」という分野の授業では、「こんなものを覚えて社会の何の役に立つのか」という疑念が知的好奇心を抑制して、ますます勉強そのもの自体を厭うようになりました。
教科書を開くこと自体が嫌で、楽して乗り越えられる方法ばかり模索していました。
三度の飯よりゲームが好きで、暇さえあればゲームに熱中していました。
そんな勉強嫌いな私も、いっちょ前にプライドだけは高く、秀才組の友人に囲まれていた中で、常に学力コンプレックスを抱えていました。
私は勉強が嫌いなわりには、プライドだけは高くて、私よりも成績が高い同級生を脇目に、「自分だって、やればできるはずなんだ」と、心の中で劣等感を抱えつつも、来るべき時に向けて闘志を常に燃やしていました。
当時の心境は、
「俺はまだ本気を出していないだけ」でした。
そんな私が一度だけ本気でテストに取り組んだことがありました。
中学最高の成績は2年の春でした。
親が「中間テストで、学年50位以内になれたら、NIKEのエアマックスを買ってあげる」という最高級の人参をぶらさげました。
喉から手が出るほど欲しかった自分は、人生初の猛勉強をした結果、140人中32位に入ることができました。
モチベーションの大きさを身を持って体感した出来事でした。
これが最初で最後の好成績でした。
その1年後に自分の無力さを痛感する局面が訪れました。
中3になって初めて受けた検定試験でもある漢検3級試験です。
6人くらいの秀才組の同級生が同時受験した中で、自分だけが唯一の不合格者になったのです。
実は唯一誰にも負けないと自負していた科目、小学校時代に結果が出ていたのは、漢字テストでした(学年1位でした)。
なぜだかわからないけれども、漢字だけは自発的に取り組めたのです。
中学校に進学した後も、初めての国語の授業で自己紹介をした時に、教師から、「漢字博士なんだよね」と、ビックリさせられる言葉をかけられました。
恐らく、小学校当時の功績が担任から引き継がれていたのでしょう。
背景から聴こえる「すごい!漢字博士なんだ」というクラスメイトの声から、恍惚を覚えました。
瞬く間に同級生の間で、「あいつは漢字がすごい出来るらしいぞ」という評判が広がりました。
しかしながら、井の中の蛙は、間もなくして初めての挫折を味わうことになります。
私は、漢検の事前勉強は一切せずに臨みました。
かつての「漢字博士」の栄光が残っていたため、無勉でも十分に受かる自信がありました。
しかしながら、その結果は、衝撃的なものでした。
200点中100点あまりという散々な成績でした。
漢検は単なる読み書き問題だけではなく、正誤書き換え、四字熟語や対義語類義語など、総合分野から出題されるため、漢検問題集を使わずに受けたところで、太刀打ちできませんでした。
かつての栄光である漢字博士の称号によって、漢字能力だけでプライドを保ってきたわけですが、すっかり有名無実になってしまいました。
まさに「アリとキリギリス」を実体験で痛感したような気分でした。
それ以来、打って変わって、漢字に対して逃げ腰になってしまいました。
これによって、ますます勉強に自信を失って行きました。
続く